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脳腫瘍に対する診断法と治療法の開発
 
研究背景から
研究成果(論文)
トピックス
抗IDH抗体
 


研究背景から
 
1、脳腫瘍細胞におけるケラタン硫酸の発現解析
2、脳腫瘍におけるケラタン硫酸の発現上昇
3、脳腫瘍におけるポドカリキシンの発現上昇
4、脳腫瘍におけるポドプラニンの発現上昇
5、抗ポドプラニン抗体NZ-1による脳腫瘍の治療を目指して
6、グリオーマの予後診断マーカーとして有用な変異型IDH1/2に対する特異的抗体の開発
 
1、脳腫瘍細胞におけるケラタン硫酸の発現解析
 
 ケラタン硫酸の研究を困難にしている要因の一つに、in vitro培養系でのケラタン硫酸の発現の消失がある。角膜では角膜実質細胞や角膜上皮細胞にケラタン硫酸が発現するが、in vitroで培養を行うと継代と共にケラタン硫酸の発現は低下し、やがて消失する。硫酸基転移酵素の発現減少が原因の1つであることが報告されている。硫酸基転移酵素の発現制御機構については不明である。これまでにケラタン硫酸を高発現する細胞株の報告はなかった。我々は種々の細胞株のケラタン硫酸の発現解析から脳腫瘍細胞株LN229がケラタン硫酸を強く発現していることを発見した(図2)。
 
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          <図2>
 
 10株の脳腫瘍細胞株についてケラタン硫酸合成関連遺伝子5種(b3GnT7, b4GalT4, KSGal6ST, GlcNAc6ST-1, GlcNAc6ST-5)の発現を比較したところ、LN229細胞は他の細胞に比しKSGal6STを顕著に高く発現していることがわかった(図3)。
 
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        <図3>
 
また残りの4遺伝子も他の細胞と同等以上のレベルで発現していた。siRNA によるKSGal6STの発現抑制はLN229のケラタン硫酸の発現を抑制した。ケラタン硫酸合成におけるKSGal6STの発現の重要性が確認された。
 
 糖鎖結合解析からLN229細胞はN型(KS-I)、O型(KS-II and/or KS-III)両方のケラタン硫酸を発現していることがわかった。プロテオグリカンの一種であるアグリカンの組み換え蛋白質をLN229細胞に発現させるとN型、O型両方の、主にO型結合のケラタン硫酸が付加された組み換えプロテオグリカンが産生された。これはO型結合のケラタン硫酸を持った組み換えプロテオグリカンの作製に関する初めての報告であり、今後LN229細胞を用いたケラタン硫酸の機能、構造解析および細胞内でのケラタン硫酸合成制御機構の解明が期待される。
 
 
2、脳腫瘍におけるケラタン硫酸の発現上昇
 
 脳腫瘍細胞株LN229がケラタン硫酸を強く発現していることが明らかとなったことから、次に我々は脳腫瘍Astrocytic tumorの組織におけるケラタン硫酸の発現について解析を行った。WBを用いてケラタン硫酸の発現を解析した結果、anaplastic astrocytomaの43%(6/14)、glioblastomaの68%(23/34)でケラタン硫酸の発現上昇が検出された(図4)。
 
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                    <図4>
 
 一方diffuse astrocytomaではほとんど検出されなかった。Astrocytic tumorの悪性化に伴うケラタン硫酸発現の上昇が示唆された。また免疫組織化学染色からも同様の傾向が確認された(表1)。
 
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 ケラタン硫酸は腫瘍細胞上に局在していた(図5B-F; B: grade II; C,D: grade III; E, F: gradeIV)。
 
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              <図5>
 
 glioblastomaでは微小血管が増殖している周辺に強いケラタン硫酸の発現がみられる例も存在した(図5E, F)。ケラタン硫酸合成関連遺伝子5種(b3GnT7, b4GalT4, KSGal6ST, GlcNAc6ST-1, GlcNAc6ST-5)の発現を定量的RT-PCRにより解析したところ、b3GnT7, KSGal6ST, GlcNAc6ST-1, GlcNAc6ST-5の4種がAstrocytic tumorの悪性化に伴い有意に発現亢進していた。しかし、ケラタン硫酸の発現強度とケラタン硫酸合成関連遺伝子の発現が必ずしも相関しているわけではなく、その他の制御機構の存在が示唆された。今後脳腫瘍におけるケラタン硫酸の発現の意義を研究して行く上ではケラタン硫酸を結合しているコアタンパク質の同定およびその発現解析も必要である。
 
3、脳腫瘍におけるポドカリキシンの発現上昇
 
 Podocalyxinは幹細胞マーカーであるCD34と高い相同性をもつCD34ファミリーの膜蛋白質である。細胞外は高度な糖鎖修飾を受け、計算上の移動度は54 kDaだが、発現細胞特異的な翻訳後修飾により約160から250kDaの分子として検出される。細胞外領域は細胞の接着制御に関与することが報告されている。一方、Podocalyxinの細胞内領域は細胞骨格タンパク質と相互作用し、細胞の突起形成や、増殖、移動に関与することが報告されている。Podocalyxinは正常組織では造血幹細胞、血管内皮細胞、糸球体上皮細胞、血小板等で発現が認めらる。また乳癌、肝癌、膵癌、腎癌、前立腺癌、精巣腫瘍、胎児性癌、白血病等の多くの癌組織で高発現していることが報告されている。これまでに脳腫瘍におけるPodocalyxinの発現については報告はなかった。
 
 そこで本研究では、星細胞系腫瘍の悪性化とPodocalyxinの発現の関連について解析を行った。びまん性星細胞腫 6症例、退形成性星細胞腫 14症例、膠芽腫 31症例の合計51症例について免疫組織染色法、ウエスタンブロット法、定量的RT−PCR法を用いてPodocalyxinの発現解析を行った。
 
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              <図6>
 
 図6はPodocalyxinの免疫組織染色の代表的な例を示している。びまん性星細胞腫ではPodocalyxinの特徴である血管内皮細胞で発現が認められるが、腫瘍細胞での発現は認められない。一方、退形成性星細胞腫では一部の腫瘍細胞でPodocalyxinの発現が認められる。また膠芽腫でもPodocalyxinの発現が認められるが、特に血管増生豊富で血管内皮細胞が増殖して多層となっている周囲の腫瘍細胞で強い発現が観察された。
 
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              <図7>
 
 図7は51症例の免疫組織染色の結果をまとめた表である。びまん性星細胞腫では腫瘍細胞でPodocalyxinの発現が認められた症例はなかった。一方、退形成性星細胞腫では14症例中6症例、約43%、膠芽腫では31症例中17症例、約55%のPodocalyxin陽性率であることがわかった。膠芽腫では+++、++の症例が多く、Podocalyxinを発現する腫瘍細胞の割合が増加していることがわかった。
 
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              <図8>
 
 次にウエスタンブロット法を用いて星細胞系腫瘍におけるPodocalyxinの発現解析を行った。図8に示すように、びまん性星細胞腫では血管内皮細胞由来と思われるPodocalyxinのバンドがわずかに検出された。退形成性星細胞腫になるとびまん性星細胞腫と比較しPodocalyxinを高発現する症例の増加が認められた。膠芽腫では更に、Podocalyxinを高発現する症例の増加が認められた。腫瘍の悪性度と共にPodocalyxinの発現が増加することがタンパクレベルにおいても確認された。
 
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              <図9>
 
 次に定量的RT-PCR法を用いてPodocalyxinの発現解析を行った。縦軸はtotal RNA当たりのPodocalyxin mRNAのコピー数を表している。●印はそれぞれの症例を示している。図9に示すように、RNAレベルにおいても腫瘍の悪性度と共にPodocalyxinの発現が増加することが確認された。各腫瘍の平均値で比較すると膠芽腫はびまん性星細胞腫の約7倍、退形成性星細胞腫の約4倍の発現亢進を示した。退形成性星細胞腫はびまん性星細胞腫の約1.7倍の発現亢進を示した。
 
 このように、星細胞系腫瘍におけるPodocalyxinの発現を解析した結果、免疫組織染色法ではびまん性星細胞腫でPodocalyxinを発現する症例は認められなかったが、退形成性星細胞腫では約43%、膠芽腫では約55%のPodocalyxin陽性率であることがわかった。特に血管増生豊富で血管内皮細胞が増殖して多層となっている周囲の腫瘍細胞でPodocalyxinの高発現が認められた。また、RT-PCRやウエスタンブロット解析から腫瘍の悪性度と共にPodocalyxin mRNA、タンパク質の発現が増加することが明らかとなった。以上の結果から、Podocalyxinが星細胞系腫瘍の悪性度を示すマーカーになる可能性が示唆された。
 
 
4. 脳腫瘍におけるポドプラニンの発現上昇
 
 ポドプラニンは,特異的リンパ管内皮マーカーとして知られている。さらに、様々な癌で発現が亢進していることが報告されている。
 
 頭蓋内胚細胞腫にはいくつかの組織型があるが、その中で、germinnoma(胚腫)immature teratoma(未分化奇形腫)という組織型に特異的にポドプラニンの発現が見られた。
 
germinoma-2
 
 さらに組織型特異的発現が見られるだけでなく、悪性度とも相関してポドプラニンの発現が見られる例もある。例えば、脳腫瘍の中で、astrocytic tumor(星細胞系腫瘍)という分類があるが、星細胞腫 (WHO grade 2:diffuse astrocytoma),退形成性星細胞腫(グレード 3:anaplastic astrocytoma),膠芽腫 (グレード 4:glioblastoma)という臨床的分類がある。グレード2、3、4の順に悪性度が上がり、予後も悪い。ポドプラニンの発現はこのグレードが上がるに従って上昇することがわかっており、ポドプラニンの発現と悪性度との相関があることがわかった。(参考文献:Mishiima et al., AJP, 2006
 
 
astrocytoma
 
 
 以上のように、ケラタン硫酸、ポドカリキシン、ポドプラニンは、astrocytic tumorにおいて悪性度と相関して発現の亢進が見られている。これらの分子を標的として、膠芽腫の治療を目指している。
 
5. 抗ポドプラニン抗体NZ-1による脳腫瘍の治療を目指して
 
 我々は10年以上に渡って、ポドプラニンの基礎的研究を行ってきた。その最終目標は、癌に苦しむ患者さんを直すことにある。いよいよポドプラニンの研究も、臨床応用に向けて一歩前進した。
 本研究ではまず、抗ポドプラニン抗体NZ-1抗体の親和性を調べた。BIAcoreを用いると、NZ-1の解離定数KD値は1.2 x 10^-10 Mという値を示し、その抗原ペプチドに対して高い親和性を持つことが示された。また、ポドプラニンを高発現する2種類のグリオブラストーマ細胞を用いてScatchard解析を行うと、解離定数KD値は9.8x 10^-10 Mという値(D397MG細胞の場合)を示し、やはり非常に高い親和性を持つことがわかった。高い親和性は、抗体治療において必須の条件であり、NZ-1抗体が抗体医薬に有用であることが示された。
 次に、NZ-1抗体のinternalization assay(内在化解析)を行った。抗体に毒素を結合させ、抗体医薬としての応用しようとする試みが米国NIHを中心に進んでいるが、その際、抗体の内在化が必須の条件となる。本研究においては、[131-I]SGMIBラベルしたNZ-1のLN319細胞に対する内在化を調べた結果、抗体処理後8時間後に、26%程度内在化が観察された。これは、過去の他の抗体の内在化と比べても、非常に良い内在化であり、毒素型NZ-1抗体の開発を進めるデータとなった。
 さらに、NZ-1抗体の腫瘍集積性をin vivoの移植片モデルで調べた。グリオブラストーマの移植片モデルとしてDuke大学で開発されたD2159MG細胞を皮下に移植し、[131-I]SGMIBラベルしたNZ-1抗体を静脈内投与した。その結果、NZ-1抗体は正常組織にはほとんど滞留せず、グリオブラストーマに効率良く分布した。
 これらの結果を総合すると、NZ-1抗体は高い親和性を持ち、効率良く細胞内に取り込まれ、しかも生体内でも効率良く腫瘍に集積することがわかった。現在、毒素型NZ-1抗体の前臨床試験が行われており、臨床応用が期待されている。 ((Kato et al, NMB, 2010
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6.グリオーマの予後診断マーカーとして有用な変異型IDH1/2に対する特異的抗体の開発
 
 イソクエン酸脱水素酵素(isocitrate dehydrogenase: IDH)は、ヒトではIDH1、IDH2、IDH3の3つのサブタイプが知られるが、IDH1/2は、WHO分類のグレードII、IIIのグリオーマや、低グレードグリオーマから進行したグレードIVのグリオブラストーマ(secondary glioblastoma)において、高頻度に点突然変異が生じることが報告された(Parsons et al., Science 2008)。一方、グリオブラストーマとして初発するグリオーマ(primary glioblastoma)ではほとんど変異が検出されない。また、酵素活性中心であるIDH1の132番目のアルギニン(R132)、IDH2の172番目のアルギニン(R172)に変異が集中しており、変異型IDH1/2は、イソクエン酸をα-ケトグルタル酸に変換する活性を失う(loss of funtion)だけでなく、α-ケトグルタル酸を2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)に変換する新しい酵素活性を得る(gain of function)ことが報告された(Dang et al, Nature 2009)。臨床的に重要なことには、野生型IDH1/2と比べ、変異型IDH1/2を保持するグリオーマの予後は格段に良く(Yan et al., NEJM 2009)、グリオーマの予後診断マーカーとして有用である。
  最初に、変異型IDH1で最も頻度の高いR132Hに対する抗体(HMab-1; mouse IgG1)を樹立した。HMab-1は野生型IDH1を認識せず、R132Hのみを特異的に認識することを、ELISA法、Western-blot法にて確認した。また、HMab-1は、R132H陽性のグリオーマに対する免疫組織染色にて腫瘍細胞特異的に反応し、血管内皮細胞などの正常細胞には反応しなかった。次に、比較的頻度の高いR132Sに対する抗体(SMab-1; mouse IgG1)を樹立した。SMab-1も同様に、ELISA法、Western-blot法、免疫組織染色にて、R132Sのみを特異的に認識した。
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 続いて、変異型IDH2で最も頻度の高いR172Kに対する抗体(KMab-1; rat IgG2b)を樹立した。KMab-1は、野生型IDH2を認識せず、R172Kのみを特異的に認識することを、ELISA法、Western-blot法にて確認した。

 これらの変異型抗体を組み合わせてグレードIII/IV症例の生存曲線解析を行うと、IDH1変異が予後良好因子となることがわかった。
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現在はダイレクトシークエンスによる診断が主に行われているが、今後、これらの抗体を組み合わせた診断法の確立を目指す。
 
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